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今、いとうせいこうが語る桑田佳祐のヒップホップ論




桑田佳祐のヒップホップをみんな理解できなかった

──1970年代当時はロックを日本語で歌うべきか英語で歌うべきか、という論争があったんですよね。

うん、内田裕也さんが英語で歌って、はっぴいえんどが日本語で歌って。で、桑田さんはその論争のあとで、日本語で英語っぽく歌うって手法を始めたわけ。論争を飛び越えたところに決着点を見出したとも言えるんですよ。それで桑田さんが批判も受けながら突き進んでいったおかげでそこに道ができた。日本語で歌うことが自由になったんだよね。つまり歌謡曲のときには歌えなかった単語も、英語っぽく歌えば歌詞として成立するようになった。

──日本語ロックの問題においては、ビートにうまく乗るかどうかだけでなく、歌として使える言葉と使えない言葉っていう基準もあったわけですね。

あった。要するに「ミスドで友達待ってたら」みたいなさ、普通の生活みたいなもの? そういうことってやっぱりはっぴいえんどが歌うべきことじゃなかったわけ。でも今はそれが解放された。一方ではヒップホップが違う軸で「俺たちもっといろんなこと歌えるぜ」「もっとやっちゃえ」ってやり始めて。少なくとも僕が日本語をどうヒップホップのリズムに乗せていくかっていうことを考えたり、歌謡曲では歌えない単語をヒップホップで散文的に入れようってことを考えるときに、自分が桑田さんのファンだったっていうことは大きいと思う。はっきりと意識したことはなかったけど「この手法があったか」っていう衝撃を当時の僕は受けたわけだから。

──それで1987年に「ジャンクビート東京」を一緒に作るわけですね。

不思議な話だよね。こないだ桑田さんと会ってずいぶん長く話したけど、当時桑田さんはヒップホップについて全然なんにも理解してなかったって言ってたから。

──でもあの曲で桑田さんがやっているのはラップですよね。

ラップなんだけど、それ以上に感じるのは桑田さんのボーカリゼーションのすごさだよね。そこにあるのは情とか音色とか意味だと思う。例えば「溶け出した」っていう詞があったら溶けてるように歌うわけ。で「火が出た」って場面では俺は歌詞書いてないんだけど桑田さんが勝手に「メラメラメラ」とか言ってる。原始人が言語以前にやってただろうってことをやってくるわけ。それはやっぱり桑田さんしかできないラップの解釈で、後にも先にもあんなラップ聴いたことないもん。ずいぶん後になって向井秀徳が似た志向性のことをやったと僕は思ってるんだけど。(抜粋)



桑田さんがいなかったから「さんピンCAMP」はなかったかもよd(>_・ )
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