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SF界のドン・筒井康隆がハルヒの影響で描いたラノベは『時をかける少女』のセルフパロディ!?

ビアンカ・オーバースタディ


日本のSF界を黎明期から牽引してきた大御所作家の筒井康隆がなんとライトノベルの単行本を刊行した。作品のタイトルは『ビアンカ・オーバースタディ』
『涼宮ハルヒ』から着想を得たという「未来人」の設定を導入した、意外なほどマトモなSFライトノベルだ。

本書については、2つの評価の仕方がある。
これは刊行前に公開されている筒井自身の「あとがき」にも書かれているのだが、1つはエンタメ小説として、もう1つはメタフィクションとして、という読み方だ。

エンタメ小説としては、さすがに77歳の人間が書くものなので、言葉遣いがところどころ古臭い感じが否めない。

むしろ文体の古臭さについては、「どうせネタになるんだからいいや」という開き直りが感じられる。文学者になる前は舞台俳優であった筒井らしい、肝の据わった態度だ。

ともあれ、問題はメタフィクションとしての読み方の方だ。この作品を、どのように深読みするのが妥当なのか。筒井はどこまで考えてこの作品を書いたのか。そこを読み解く必要があるだろう。

まずは前述のとおり、本作の設定は『涼宮ハルヒ』シリーズに登場する「未来人」の設定を取り入れている(作中で、思わず微笑んでしまうような引用的描写もあるので、 これから読む人はお楽しみに)。 もうひとつは田中ロミオ『人類は衰退しました』への露骨な参照が認められる。これはネタバレになるので詳細は自粛しておこう。ライトノベルではないが、京極夏彦作品への言及もある。

また、本作は筒井康隆の代表作のひとつ『時をかける少女』のセルフパロディにもなっている。登場人物がタイムスリップをする少女であることはもちろん、主要な舞台になるのが理科室であるところ、理科の先生が登場するところなどもなぞらえてる。

実はかなり堅実で地味な本作の結末の、滋味溢れる余韻、あるいは重みは、ループものが往々にして問題化してきた、「退屈な現実を、結局のところどう受け入れるのか」というテーマに対する筒井なりの回答なのだと言えるだろう。

「ループもの」を本作でどう相対化するのか、というのは、重要な課題だったと思って間違いない。(抜粋)



しかし、のいぢのイラストが上がるまでに1年待ったって…(´・ω・`)
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